19源氏物語

19源氏物語 2017/11/21

浮舟は八宮の三人の娘の内の末娘ですが、腹違いで父、八宮の今で言うお妾かけさんだった人です、兎に角当時の高貴の方々の性モラルは今とは違いますから、何人もの「情けを掛けた」人がいるようです。八宮に使えていた女房の一人を母に持つ浮舟はとうとう父に認知されずに地方の役人に嫁いだ母と共に過ごすのです。

そして京に移り母親はこの娘は高貴な血を引く娘として何とか身が立つようにと思い、匂宮に嫁いだ中の君に一時「父を同じくしている娘ですのでどうぞこの屋敷に置いてくださいませ」と申し入れます。中の君は優しい人ですので気持ちよく引き受けます。屋敷内でチラッと美しい浮舟を見た中の君の夫君、匂宮は言い寄りますが、危うく浮舟付きの女房の機転で逃げます。それを聞いた母親は大変だと自分の別邸に移して住まわせてしまいます。

そして、それを知った薫は以前恋をした大君に似た浮舟を自分の囲い者として自分のものとしてしまい 宇治に隠してしまうのです。が、それに感づきた匂宮は見つけだして美しい浮舟に、言い寄っていくわけです

当然男女の関係を持ったのです。さて中の君の住んでいる邸、二条邸に居なくなったのを知って夫君の匂宮は中の君にどんな女性なのか尋ねるのですが自分からは決して妹とは言いません。他から知るのは仕方ないとして自分からは言うまいと決めていたのです。

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18源氏物語

18源氏物語 (宇治十帖)2017/11/17

宇治十帖の始まりですがこの前の帖にも伏線として八の宮の仏道に深く信仰している宮様として出ています。源氏の腹違いの弟です。不運な宮様で自分が起こしたのではない政治勢力の争いの渦に巻き込まれて負け、不遇のうちに邸は火事で焼失してしまいます。又本妻も亡くします。

別邸が宇治にあり寂しい詫び住まいを一家はしていますが父八の宮は仏道に帰依したいと思いながらも娘を残して山奥に住まい仏教に入る準備をしているのです。その八の宮の娘の三姉妹(大君、中君、 浮舟)をめぐっての恋物語です。

柏木と女三宮の子、薫と(世間には源氏の子)、源氏の娘 明石の中宮の子つまり源氏の孫の匂宮が、薫と織り交ぜながら引っ張り合いの恋が始まりです。匂宮とは薫が生まれつきの良い香りの持ち主で薫がいるところには匂いで分かるのだそうです。そんな人がいるのか胡散臭い話ですがそこは物語です。薫と宮は一つ違いで匂宮が上です。小さい時から仲良しで遊んだのでしょう。匂宮は薫に負けじとお香をたきしめて香りをつけますので後世の人が、この名前が付けたわけです。何度もいいましたが読みやすくするための知恵があるのです。紆余曲折を繰り返しながら八の宮の二人の姫君の次女姫の中の君を匂宮は手に入れます。父上は早くに仏道の道に、娘を心配しながらもとうとう亡くなってしまいます。

長女の大君は妹を心配しながらも又もや亡くってしまいます。薫はその大君に心惹かれるのですが成就出来ませんでした。

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17源氏物語

17源氏物語 2017 11/11

物語の41帖の後に何もかかれていない雲隠れ(54帖の中には含まれない)というのがあるそうですが、書かれた当時は内容があったのかもしれません。何しろ当時の様子を知る人は誰もいないわけです真相はどうなのか?。雲隠れというからには、源氏が亡くなるのでしょう。作者はお得意の読み手の裁量で想像して下さいと言っているのかもしれません。42から44帖までは源氏亡きあとの後日談のような物語ですが源氏に関わる多くの女君の事は玉鬘しか出てきませんから、どうしたのでしょう。これも作者得意の意図でしょうか。心理小説のような面が多いです。玉鬘は太政大臣まで出世した夫髭黒を亡くして一人になりました。本当の父一家とはあまり交流はなく、養女として育てられた源氏の子息、夕霧とは親しく御簾越しに直接対面して色々世間話や内内の事など話あうのです。顔を見せる事は当時高貴な女性は男性と直接の会話はしませんが親しい人とは御簾越しの対面です。ですから取次の女房を間に立て会話するのですからなんとも まどろっこしいですね。玉鬘は息子三人と娘二人の子供がいます。そして、娘の嫁入り先を夕霧に相談する場面もあります。玉鬘の出番はここで終わります。その後の消息はありません。玉鬘は母親の夕顔と違い自分なりにしっかりとした考えを持った女性に感じこの物語で登場する女性の中では私の好みです。

そして、これから45帖宇治十帖が始まります。まるで違った物語にも感じますので面白みはやっぱり源氏が栄えていた頃が私はすきです

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16源氏物語

16源氏物語  2017/11/7

今日は一休みです

今まで書いていなかった近江の君と言うユニークなお姫様のお話です、書こうか、どうしようかと迷ったのですが、今回は番外編という事です。この君は昔の頭の中将の娘です、近江のほうで見つけられたのでそう呼ばれています。その母親はすでに亡くなっています。身分の低い姫君ですが何といって今時めく内大臣の娘という事で父の邸に引きとられました。育ちが育ちですから、言葉や立ち居振る舞いなど見た目はさほど悪くないのに、それに内大臣に似ているのです。姫はやたら落ち着きがなく、早口なのです。近江本人は早口に生まれついてしまったとの説明で、内大臣も苦笑してしまうのです。内大臣は源氏が探し出した娘はすこぶる良い娘と言うのに、自分の娘といったら、、、と嘆くのですが源氏が捜しだした娘は自分の子だった事をその時は知りませんでした。そして珍騒動を起こし皆の笑いものになっているのを源氏は聞いて、「あの方は白黒はっきりつける方だから、少し様子を見てから引き取ればいいものを」と少しは近江の君に同情しているようにも聞こえます。

それは昔の夕顔の女房に偶然に見つけられた玉鬘(昔の恋人、夕顔の娘)が源氏に引き取られてから間もなくの事でした。

その後、玉鬘は裳着の儀をしてすでに内大臣の娘であることを世間にお披露目をして源氏に養われているとの物語になっています。そして玉鬘は尚侍という役職を貰うが、それを聞いた近江の君は自分より後から見つけられた方が尚侍になった。私もそんな官職になりたいと言うと、内大臣の子息が「それは私もなりたいよ、、」と女性だけの官職に揶揄して言うのです。又すごろくが好きのようで勝ち負け決定のときなど、すごろくを振りながら「明石の尼君、尼君」と念じて振ったと書いています。当時は明石一族の栄華は都中の評判だったことでしょう。

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15源氏物語

15源氏物語  2017/11/1

そろそろ源氏は老いの時代に入ります、薫(正室、女三宮と柏木との密通で出来た)が生まれたのは源氏が43歳位でしょうか、後年なって生まれたので周りの人達は可愛がるだろう思うが思惑は違い、内心自分の子ではないと承知している源氏はあまり心を掛けません。お傍使えの女房達は、何と冷たい と思っているのです。正妻、女三宮は密通の恐ろしさに、落飾してしまいます。出産と密通相手の柏木が亡くなるが重なって、8で書きました「煙くらべ」という歌が交わされます。

源氏が亡くなるのは52歳でしょうかそれとも53歳でしょうか、はっきりと書かれていません。52歳の正月までは書かれてあり、幻 の偏で終わっています。これも作者が読者の経験や知識、裁量で想像して下さいと言っているように思います。兎に角 幻から次の巻まではかなりの年月が経っているように思います。

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14源氏物語

14源氏物語  2017/10/31

この物語では五四帖という平安時代に書かれた長偏で後に学者たちが後世の人達が読みやすく、するために編成されました。読みやすくする為、各帖に54の区切りで題を付け、最後の部分を宇治十帖として分けて読みやすくしています。後半は八の宮の姫君三姉妹の恋愛物語で私の感じで内容は前半より少し軽く面白みがないように感じました。

又原作者の原文が何人もの人の手書きによって広められたわけですから、微妙なニュアンスが変わってきているのではないでしょうか。そこでこの辺りが正確なところであろうと後年に学者達が編纂したわけです。江戸時代に入りますと印刷技術が平安時代より発展しましたから、版木によって何冊もの同じ本が作られます。その辺りの訳本が現代に伝わったようですが現代の人には何といっても難解です。

現在「源氏名」として夜の世界で付けられる女性たちの呼び名もこの物語から出ていると聞きます。小林旭の歌で有名な「昔の名前で出でいます」はその名前がヒントになっているのではないかと思います。

読みやすくした本が何冊も出回った今、私は本当に幸せに思いました、何度も書きますがこの物語が大好きなおばさんは、年に一度は自分の朗読による録音を聞いています。

睡眠剤と言っても過言ではないのです。

 

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13 源氏物語

13源氏物語 2017/10/27

さて夕霧の登場です。夕霧は父おとど源氏とは性格は少し違います、まじめ男と表していますがそれでも、正妻、側妻、愛人と物語に登場する女性はいます。正妻は左大臣の脇腹に生まれた雲居の雁(くもいのかり)で従弟同士です、そして祖母に育てられた幼馴染です。結婚までには紆余曲折がありこれは略しますが目出度く結婚して何人もの子を産みます。

8で書きました夕霧の親友、柏木青年は早くして亡くなりました。

その正妻に女二の宮、つまり源氏に嫁した女三宮の異腹の姉です。その二の宮を天皇からのお言葉で頂いた姫君をまぁ、なんと柏木から落ちこぼれた姫として「落葉の宮」などと陰で言われていました。その落葉の宮を柏木が亡くったあとに夕霧はあの手この手で無理やりに妻の一人にしてしまいます。柏木には女三宮が心にありましたから、どうしても親身にはなれなかったのでしょう。だが夕霧が始めてその姿形を見た時に「美しい人だった」と表現していますから、美人だったことでしょう。やきもちやきの正妻 雲居の雁はすでに何人もの子を産んで、やさしい夫に恵まれて幸せそのもの立派な正妻ぶりです、そこに愛人が表れたのです。面白い事にまじめ男の夕霧は1カ月を半分にして二人の間を通ったと書いてあります。夕霧にはもう一人、源氏の腹心である惟光の娘が愛人としています。この方は身分が低い為に妻の一人には数えられないようですが、何人もの子を産んでいます。そしてその中の一人 六の君を 落葉の宮の養女として育てられ宮様に嫁ぐのですから、大出世という事でしょう。

物語が何度も前後して書いてしまいました、自分への復習のつもりです。

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12源氏物語

12源氏物語  2017/10/21

11まで書いているうちに、ぽろぽろと思いだして、この部分も入れようとか、この辺りは削除しようかと、思いながら書いていますが、何といっても長編小説です。そして難しく姻戚関係が複雑なためにエッこの人 誰の家系かと迷うことが多々あります。そんな塩梅でこの位でこのあたりは止めておこう等と思って書いているおばさんです。ですから間違わないように確認をしながらの作業ですので時間がかかります。それでも書きたいと思うのは、いかにおばさんがこの物語が好きか分かっていただけたらと思います、さて、何人の方に読んで頂いているかとは思いますが、おそらく自己満足での作業ですからそれはそれで良いのです。

老女房の語り物語です、文がひつっこく長々しい、まるで私、わががままおばさんと同じです。ソロソロ源氏の子息 夕霧が主役として登場して来ます。

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11源氏物語

11源氏物語  2017/10/17

玉鬘というお姫様がこの物語の脇を飾る主要な女性がいます。

(7)で書きました夕顔の娘です。若いころの親友で頭の中将という左大臣家の長男の愛人でしたが中将の正妻から何やら怖い事言われたと隠れて住んでいたのを、源氏が見つけて愛人にしました。

「ナデシコ」と呼ばれた小さな子供がいましたが、六条の御息所の生霊によって源氏と過ごした屋敷で死んでしまいます。この女性は源氏の好みの女性で長い事忘れることが出来ませんでした。「逃がした鯛は大きい」という事でしょうか。母を亡くして更に行方不明になった、そのナデシコちゃんは太宰に任官した乳母の夫に育てられ成長します。源氏の女房が見つけ出し縁があって源氏の手元で娘分として育てられます。(後に源氏が亡くった時には、源氏の娘、明石の中宮の次に遺産が分けられたと書かれてありますから、並々ならぬ源氏の心だったのでしょう)

源氏は昔の夕顔そっくり、いや母君より増して美しく勝っていたと書かれています。恋心を抱き、すきものの源氏は言い寄りますが決して玉鬘はなびきません。しっかり者でしたがやがて、使えていた女房の手引きによって「ひげ黒の大将」の手に落ちてしまいます。始めは嫌がっていた玉鬘も時が経つにつれて何人もの子供を産み、幸せな結婚となりやがては立派な高官夫人となっていきます。

ここで玉鬘の出番が終わったと思って読んでいると後半の「竹河」に源氏亡き後の後日談に登場します、この物語にはなくてはならないお姫様という事になります。

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10源氏物語

10源氏物語 2017/10/13 

これから息子夕霧の時代にだんだんと移っていきます。今日は光源氏の教育理論を私なりに書きます。夕霧は元服して官位を賜るのに浅葱色(あさぎ色)を着て帰って来たと書かれてあります。源氏の息子ですからもう少し官位が高いはずです。(身分の差で着る色が決まるようです)源氏のおとどは、「身分が高いからと言って始めから高い位は本人のためにならない低い身分から経験を積んで徐々に上がるのが本人の為だ」と夕霧の祖母に言う場面があります。(夕霧はその祖母に育てられました)又、「大和魂」という言葉も出て来ます(この言葉は私にはとても難解でここで書くことはやめます)祖母は天皇の娘で左大臣家に嫁いだ宮様でもありますから、祖母自体も不服なのです。祖母 つまり源氏の正妻だった葵上の母君で、大宮と呼ばれています。夕霧が生まれたとほぼ同時に母、葵上は亡くっています。

ですから、生前 葵上は源氏より年上ですし「私は宮腹です」と誇り高く育てられ内心は決して婿君の源氏には心開かずに夫婦仲はしっくりとしませんでした。源氏の教育理論は立派だったと私は思います

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