だいぶ以前の事

もうかなり以前の事「なんでも良いですから旅行に行った感想を書いてくれ」と旅行会社に勤めている人に頼まれた、

「わたしは文才がないから書けないが旅行好きだから今度行ったときにね」と曖昧な返事でこれで沙汰やみとなると思っていたが、なんとしばらくすると又催促が来た
困ったとは思ったが兎に角なにか旅行の記事が欲しいらしいので口頭でいうから相手に書いてくれというとそれではダメだという。
写真と文章が欲しいとの事、迷ったあげくに短い文と自分をぼかしたような、能登旅行の写真を送った、当時デジカメやメールがあまり一般的ではないが、物好きな私はいち早く初めていたせいもあるのか、私へ依頼はそんな、物好きおばさんを知っての事だったらしい。
そして暫くするとなんと「旅行券」が送られてくるではないか、「驚き桃の樹山椒の樹」である。
その能登旅行が次の旅行の行先を 心ウキウキと決めることになったのである。
2015.7.20 おばさん記

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フット 思い出した!!

寝付けないときとは、色々の事を考える
そんな時に思い出したのが始めて洋式トイレを使った思い出である
確か、色々の事をからめて考えると昭和43年前後と思うのだが東京成増の小さな医院での事
私は不覚にもその洋式を始めて見て使い方を知らなかったのである。
どのように使うか思いあぐねた結果、お尻を当てる便座に両足で登って不安定な格好で用をたしたのである。
その細いふちにまたがって使ったなど いまだに人には言ったことはないが、その後成増に小さなデパートが開店しそのトイレは水洗の和式であった。
白人の7、8歳位の女の子が和式の ふち になんとお尻をペタンと乗せて足をだして用をたしているのである、母親らしき人は戸を閉めながら私を見て両手を広げていた。私は始めて洋式トイレを思い出し感慨にふけった事であった。
そこで思い出したのが始めて食事所での「スキヤキ」である。
卵を どのように食べるのか分からずに、かき回して醤油を少し入れて飲んでしまった話など笑い話であるが洋式トイレだけは他言したくないと思っていたが歳を重ねたせいか、思わず書いてしまった。

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平成25年3月27日 我家のボケの花

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はござい納豆

こどもの頃のことだから、何時のことやら、、。私の育った粟野町での出来事である
あさになると、近くの町から納豆やさんが
「はござい」!!と大きな声で納豆売りのおじさんが回ってくる。私は驚きの納豆好きでおやつはもとより、弁当のおかずにまで持って行くのだ。
「はござい納豆」は今でもその味に巡り合えることのできない美味で柔らくて匂いのない大粒であった。
私はそのおじさんの声が遠くから聞こえて来ると、いくらかの代金を握りしめて外に出る。
木の皮に三角に包まれた上部分を開いて、辛子をべったり付けてくれる。ベシャッとしたその感覚と光景は思い出しても懐かしい懐かしい思い出である。

そして又自転車に乗って「おはようございます、納豆やです」との意味を込めて「はござい納豆」と聞こえてくる声を出すのだ。

その後、私は町を出た、何年かしてからその納豆やさんは何時の間にか来なくなったとのこと。
あの納豆やさんがいたら、今では我が家は大のお得意さんだろうと、微笑みながらこのブログのキーを打っている  2010年10月6日 おばさん記

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思い出

今日は思い出を思い出して書くことにした
外は雨で計画していた外出が中止になってブログに向かっている。

思い出をいろいろと考えていると厄介な程に一杯出てくる。アレにするか、コレにするかと思いだしていると、良いかげんにボカしをかけてくるような思いでも又良い、要は忘れかけている思い出もいいが、きっちりと覚えている思い出はあまり面白くない。
ポアロさんじゃないけど灰色の脳細胞に鞭打っているおばさん、何だかニヤニヤしている。

昔、50年以上の昔私が8歳前後、夜の夕涼み、縁台に腰かけて近所の数人の子供たちとお化けの話をしていた。
その話だけで背中がずくずく、ぞくぞくしているのにふーと上を見ると何と火の玉のような橙色の一抱えもある球が尾を引いて流れている。全員で見た!

「火の玉」だ!! ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ(驚きの顔文字)

すぐに家に帰って両親に報告するが、、、。たいした反応はなかった記憶がある。
その後の事は覚えていない、本当に遭遇したお話なのですが、誰か信じてくれるでしょうかねhappy02happy01

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音と匂い

もう少しで70歳に手が届く年齢になって子どもの頃や青春の頃をふと思い出すときに何かの匂いや音で感じる時がある。
匂いでは夏の草の匂い、川原の土手などを歩くと すがしい 草の匂いで育った田舎を思う。

電車の音に懐かしい思い出で、昔の国鉄「下十条」今の東十条に従兄弟の武ちゃんが住んでいた
昭和25年前後、もう半世紀も前の事
田舎育ちの私は武ちゃん家の朝、寝ながら遠くに聞こえる電車の音で東京にいる実感があったように思う。懐かしい「武ちゃんち」私は武ちゃんが大好きだった。

その時お土産に本を買ってもらったがその頃高校生だった武ちゃんが
選んでくれたのが「コーカサスの砦」という難しい本で最後まで読んでないからどんな内容かいまだに知らない。
最近その本を調べてみたが、どうにも見つからない。もちろん古い実家にもない。
一度は読んでみたいと思っているのだが、、。

今、電車の音ではなく、遠くに走っている関越高速道路の音が風の向きで聞こえる事があるが これがきっと生きていればだけど、今の自分を、ものすごく高齢になって、この音で思い出すだろうと少し期待してるんだけどね。bleah

我が田舎は電車、海、船、見たことがないという子供ばかりだから6年生の就学旅行で
トラックに乗って近くの駅 東武線樅山駅まで行き浅草までの東京行きは、まるで外国旅行に行くようなもの
朝から両親は早起きして海苔巻きをつくり子供の晴れ舞台に学校の校庭まで送ってくれる。
大変な一大行事のようなものです。
それでも日帰りで夜遅くなって帰宅すると、東京の様子を詳しく聞いてくるのです。

懐かしく嬉しい思い出ですこれも歳を重ねたおばさんの一人ごとですshock

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