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カレンダー 2019/11/23

カレンダー 2019/11/23
最近我が家のカレンダーは一年物の金融機関のである。これは昔は嫌いであったが最近はとても見やすく一年や月の前後の予定を見るのにとても重宝している、それに字が濃くてはっきりしている。年末ともなればだれに遠慮なく銀行では丸い筒の中に丸めてどうぞお持ちくださいとばかりに立ててある。
以前は店でのサービスに貰ったが最近は小さな店は出さなくなったように思う
月毎カレンダーは一カ月に一度又は二カ月に一度めくるのもなんだか面倒である。それだけ歳をとったと言う事か? 兎に角何でもこの年齢になると、簡単で便利で手間が掛からないのが一番である。

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錦秋の六義園と言いたいが?2019/11/22

昨日六義園に行ってきました。錦秋のと言いたいですが、今年は何処の観光地も紅葉はハズレとの事、又六義園はあと一週間後にはもっと色つきそうですね。とても良い一日となりましたこれもお仲間さんがいてこそだとつくづく実感した事でした。
もうすぐ80歳のわが身ですが、もう少し神様にお願いして歩かせてもらいます。
191121-3

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火鉢 2019/11/19

火鉢 2019/11/19
子供の頃、焼き物の大きな火鉢があった。その火鉢の周りはブルーの絵が描かれてあり記憶では小さな人や風景が書いてあった。何時頃だろうかその火鉢は無くなっていたがどうしたのだろう。寒くなると火が入り、餅を焼き、湯を沸かし隙間だらけの部屋を温めたものだったが、その後、炬燵が出来たのでいらなくなったのか?
母に聞いたがどんな回答だったか覚えがない。割ったのだろうか、それとも古道具屋に売ったのか。今思うと信楽焼きのように思う。母のおっかさんが使っていたと言う
古道具屋の前でふと似たような火鉢を見ると周りの絵を見たくなるおばさんである。

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埼玉大学 2019/11/17

埼玉大学 2019/11/17
15日に埼玉大学に行ってきました。私の所属している老人グループ学習の一環です又学生さんも学習の一環との事。若い人とのコミュニケーション とでも言いましょうか、ほとんどが雑談で終わりましたが、真面目な教育学部の2年生が二人と1時間ほど始めは話が続くだろうかと思ったけど、老人グループも学生さんも話す事が多くどっちかと言うと老人が聞く形になって時々自分達の経験を語るという感じになり結構楽しい一時となったのです。
一人は山梨から小学校の教師を目指して、もう一人は茨城から幼稚園の先生にと目標を持っての勉強です。お二人を見てまだまだ日本は安泰と思った事でした。昼食は学食でのルールが良く分からずに流れ作業のような状態で料理を取り損なって中身が寂しく帰りは少し空腹状態でしたが、まぁ良いかと内心思ったのでした。

 

 

 

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母と初めてで最後の旅行②2019/11/15

母と初めてで最後の旅行②2019/11/15
義姉の遺族との会話は私には始めての事が多く、又母の生まれた家にまで車で送ってくれたことは何と感激した事か。山梨市の窪八幡神社のすぐ前である。母が子供の頃、神社の前の小川で流され死にそうになった事など等。その時私はこの小川にそんな力があるのかと思う位の流れであったが当時はおそらく急な流れであったようだ。時は流れて現代はその村は平成の大合併で山梨市となり、曽祖父がバス路線の開通や銀行など作って事業に失敗し財産を無くしたいきさつなどは興味深く聞き入った事であった。
始めて最後の母子旅行、母67歳そして没年80歳、亡くなる13年前の事である。

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長瀞 うどん作り 2019/11/14

昨日は長瀞にうどん作りに行ってきました。一応は手打ちうどんは出来るのですが、プロに教えてもらうのもアリかなと思ったのでしたが水の配合やら小麦粉の種類などは聞けませんでした、ただ昨日にそのうどん道場で熟成して練った球を足踏みして延ばして切ったと言う事です

写真は金石水管橋です
紅葉は長瀞ですから名所ですが来週ぐらいでしょか、お仲間さんと楽しい一日を過ごしました。Img_2435

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母と初めてで最後の旅行①2019/11/11

母と初めてで最後の旅行①2019/11/11
今日は母の誕生日である生きていれば102歳という事になる。
私43歳 母67歳初めての旅行は最後の旅行でもあった。以前より母の故郷(山梨市)や母の姉と義理の姉、松本市と甲府市で中央線、それぞれの家に一泊する予定で計画を立てた10月の終わりの頃だったと思う。母は当時、民謡の踊りの師匠をしていて、結構忙しそうであったが私の誘いに応じてくれそれぞれの家に連絡を付けてくれた。
松本の姉も山梨の義姉もすでに亡くなっており、その遺族との対面であったが私の知らない話は大いに私を満足させてくれた。私に文学的才能があったら是非にも書きたい材料に思うが悲しいかなその力がない。

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即位祝賀パレード2019/11/10

即位祝賀パレード2019/11/10
今日はね、日本国中の人達がパレードを見た事でしょう。兎に角素晴らしいどんな言葉で表したらと思わづ考えたが、只々素晴らしい、日本の未来は明るく、おばさん我にもなく感激した次第です。

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ラジオに耳を付けて 2019/11/7

ラジオに耳を付けて 2019/11/7
昔のラジオは性能が悪くて時々聞こえなくなった、昭和25年頃である
子供むけ番組が夕方5時頃放送された。「シャリーコシャリーコシャリーコシャリーコ」と音楽がなると鼻歌を歌いながら何をさておいても鐘ののなる丘、後に中村錦之助が主演をして映画になった笛吹童子などラジオにかじりついて聞いたものでる。それがどうしたと言う事ではなく、これは私の心に残っている思い出の一つで同年輩の方がもしこのブログを読んで「そう昔のラジオは性能悪かったな~」と思い当たる方がいたら、コメントして頂ければ嬉しいです。

 

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田舎の玄関は? 2019/11/3

田舎の玄関は? 2019/11/3
田舎の私の育った家は何処が玄関か分からなかった。と言うのも土間がだらだらと長く障子の戸が付いている。今の家の作りではないから、どこから入っても構わないのである。客が来て声のする方に出ればOKという、いたって便利というか簡単というか、泥棒だって何処からも入れるような作りであった。
私が結婚する時花嫁姿でどちらから出たらよいのか言い合ったことがある。近所のおばさんが「そりゃ、正式に言えば道路側だろう」という。だが道路側はお勝手として使っているので裏側になる。さてどうしたのか結論はないから、近所のおばさんの言う通り道路側から出たように思う、成程、道路側には昔の木門のような構えが朽ちてあったなと思った。昔昔の心に小さく残っている思い出である。

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