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引き出し 2019/10/30

引き出し 2019/10/30
我が家は二人暮らしだが、それぞれに自分の持ち分として引き出しがある。これは自分の分、これは連れ合い分と分けてある。あまり、きちっとかたずけられない連れ合いは同じような物をあっちこっちの引き出しに入れるから時々行方不明になる。処方薬など引き出しや菓子の四角い缶箱にだらしなくあっちこっちと入れておく、時々私がまとめて本人には分からないようにわかりやすく入れ替えたりする。どうみても私の引き出しの二倍は自分用にしている。
捨てられない性分のようである、いつ着るのか分からないような衣類も納戸は連れ合いの物がぶら下がって捨てようものなら大変なお叱りを受けるからそのまま、しかし先日「もういらないからカラオケ発表会の時の洋服は捨てようか」と言いながら、いまだにぶら下がっている到底普段着としては着られそうもない代物である。

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落としたナイフ 2019/10/27

落としたナイフ 2019/10/27
何時ごろだったか、落としたナイフは赤い15cm前後の連れ合いの自慢のナイフである。大小のナイフ2本、小さなはさみ、楊枝のような尖がりのもの、栓抜き、ワインのコルク抜き、缶切り、訳のわらぬ小道具3個と合計10個の道具類が付いている。その自慢物を田舎の卵の販売機で落とした。すでに20年は経っていよう、車から降りるときになにかポトンと小さな音がしたが気にもせずに家路につく。それからしばらくそのナイフのお出ましがないから落としたことに気が付かないで大分月日がたった。我が家では遠出の時にかならず持参する、役に立つ時もあればない時もある。そしてそのナイフのお出ましがあったが何処を捜してもないのである。だいだいがそんな時の犯人は私と決めつけた連れ合いはだいぶムクレテいる。何しろデパートの刃物展で購入した高価なナイフである。一度部分的に壊れたところがあって新品と交換までさせた大事な物である。そうだ!もしかしてあの卵売り場ではなかろうか、どうにもひっかかったポトンという小さな音。そしてその卵やを調べて電話をすると始めは「若いものがいないので分からない」と言ったが何か思いだしたかのように、「赤い?小さな?」と言うではないか、そして電話口の声からおして老婆と思わらる答えは「どうやら高価そうなナイフなので暫く置いておいたが、今は我が家で使っている」という。
そして、やっと我が家に戻った赤いナイフはもう購入して何十年たっているだろうか、今はあまり役には立たないが大事に大事に連れ合いが自分の引き出しにしまってある。
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鉄管ビール 2019/10/23

鉄管ビール 2019/10/23
てっかんビールで知ってますか。
昔は水道水の事を時と場合はそう呼んでいた時代もありました。でも今では聞いたことがありません、つい最近何の時か「鉄管ビール」と聞きアレッと思ったのです
アァそうか昔そういう言い方をしたなと思い懐かしく感じたのでした
水道水、されど水道水です。懐かしい昔の呼び名でした。

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台風被害 2019/10/18

台風被害 2019/10/18
私の故郷、10月12日未明からの台風襲来で栃木県鹿沼市口粟野が今までにない大変な被害を受けた。大きな町はかなり報道されているが、知られていないわが故郷は今までにない被害、川の大氾濫である、故郷で住んでいた頃の隣のおばあちゃんの話では、おそらく100年も前の事だろうがすぐ近くの川の土手が崩壊して湖のようなったと聞いたことがある。山に囲まれた町は両側に川が流れており、町の外れで合流して思川となる。いつもは穏やかな雨が降らないと干上がってしまう位の静かな穏やかな川である。心配ではあるが、遠くで祈り、懐かしい我が故郷よ復興を願うばかりである。

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気味の悪い生卵 2019/10/17

気味の悪い生卵 2019/10/17
生卵って何となく気味が悪く感じるのは私だけだろうか、ぶっかけご飯は特に気味が悪い。まるで歯医者で口の中を音立てて機械が動くときと同じに思う
姑は現在107歳だか一度もぶっかけご飯を食べた事はない、生卵を食べるのを見た事もない。田舎で昔子供の時分に近所の同年輩の子供が生卵の上をちょこっと穴をあけてチューチュー吸っていたのを覚えている私は真似して食べたが何とも気持ちが悪かった生臭いし、ぐにゃとした感覚は一度経験しただけだが、なんと不味い感触、気味が悪く感じた事か、それで今でもぶっかけご飯はあまり好かないが一年に一度くらいは食べる事もある。
それは高級な卵を手に入れた時である。それも黄身だけで白身は連れ合いに払い下げである。(;^ω^)

 

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枯れた皐月 2019/10/13

枯れた皐月 2019/10/13
父は100歳で平成13年に亡くなった。95歳を過ぎたころから少し認知症であったがそれでも時々は正常の時もあった。久しぶりに田舎に行くと小さな体がもっと小さく感じられるくらいに背中が曲がってヨロヨロ歩く姿に心が痛んだ。田舎の住んでいる町の家々には皐月がほとんど盆栽で庭先にあった。鹿沼土の産地だから皐月とは関係がある。95歳の父は年齢なりのボケかそれとも認知症か?
枯れた皐月に水をかけている。「今年は良く咲いたな」と言いながらホースの水をかける姿は何とも悲しかった。すでに枯れた皐月はその後いつまでもその姿で段飾りのように飾ってあった。
田舎を訪れるたびに枯れた皐月は土をカラカラにしてじーっと此方を見ている
何時の時かその皐月はかたずけられてあったが、「皐月は?」と父に聞くと何の事かとキョトンとした顔で私を見た。98歳前後の時は帰郷した私の顔は分からないのか黙ってみていたが、少しして「なんだ○○子来てたのか」と言う。ごく普通の父の顔を見た。その時はまだらボケとの気がした。枯れるように一人の人生の区切りは穏やかそうに見えたが どうだったのかとふと思うことがある。

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台風 2019/10/12

台風 2019/10/12
今、このブログを書いているのは台風19号が静岡県に上陸しようとする時刻である、雨風が朝からしきりに音を立てている。昨日近くの大型スーパーに午後3時頃買い物に行くと、何とパン類はほとんどゼロに近い、店内で焼いている菓子パンがあるだけ、我が家は食パンが欲しいので店員に聞くとトラックで配送されるパンは今日はないので、今店内で焼いているだけで、次に出来上がるのは一時間後との事。この19号は今までにない強い台風との事でテレビや携帯にも注意喚起の情報が流れている。我が家辺りを横切るのは今夜午後9時頃との事で無事に通り過ぎてほしいものだと願っているおばさんです。

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今市地震 2019/10/9

今市地震 2019/10/9
「1949年12月26日に栃木県今市市(現在の日光市)鶏鳴山付近を震源とする内陸直下型地震で、8時17分 M6.2と8時24分 M6.4の地震が8分の間隔をおいて続けて発生した地表断層は出現せず余震は、翌年3月下旬頃まで続いた。 当時はまだ、特定の市町村にしか震度観測点がなかったことから、震度計で観測された最大震度は4だったが、震源に近い今市市付近では震度6相当の揺れと推定されている 」
上の文章はウィキペディアからの地震情報である。
この地震の時私は現在の鹿沼市に住んでいた。私は8歳小学2年と思うがその時に揺れは今でも忘れない、3.11の東北大震災の時フゥーとその時の事を思い出した。3.11の時は市民センターの体育館にいたが、地面が動いたかのように思い怖かった。今市地震の時はまだ幼かったので詳しくは覚えてないがボーと音がした記憶がある。小学校の校庭の真ん中に集められて、ちじこまって輪になっていた事を覚えている。
今でも地震があるたびにこれ以上大きくならないでと心の中で念じているのだが
怖いものの代表に「地震、雷、火事、親父」というが現在でもそうなのかとフト思うことがある。

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変換ミス 2019/10/7

変換ミス 2019/10/7
だいぶ以前に大変な失敗をした、メールに内容が足らないので「先ほどのメールに補則します」として後の文言をいれ送ってからアレッと補則の字違いに又やった!!と内心思ったのだが、この変換ミスは時々気が付くこともあればない事もあり相手がたに笑えるミスならそのまま「ごめんあそばせ」と陰ながら思うだけで済む。
所が自分が気が付かないまま時間が過ぎて、読み返してみればミスに気が付くという事もある。でもまだ失礼に当たるミスはないと確信しているがどうだろうか??

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誕生の地(2)2019/10/3

誕生の地(2)2019/10/3
昭和19年、疎開命令が出たのと母の姉妹がそれぞれの連れ合いの生家に疎開したので売ったとの事、母曰く「あの時1万円で売って3人姉妹で分けた」と言うのであるが昭和19年だから万円とは単位が違うのではなかろうか、どうなのか。(姉は長野県松本に疎開、妹は東京にいるとの事だったが後に戦況が悪くなり母を頼って私の育った粟野町に来ることになった)3歳だった私には何の記憶もないが自分の生家に立つと何だか懐かしく、いつまでもそこを立ち去る事が出来なかった。戦火にも焼けなったそのあたりには古い木造住宅がたくさんあった。母から話に聞いていた銭湯、私が通った内科医院、床屋さん、暫く立ちすくんでいると老人に会い、私を不思議そうに見ているから、勇気を奮って「昔、ここに住んでいたものです」と声を出すと何と「鶴田さんかい?」と言うではないか、感激は頂点に達した、そしてその頃の事をしゃべりだす老人に長く長く、立ち止まらせてしまった。駅の方まで行くから、一緒に行こうと誘われて行きすがら、鶴田の3番目の娘は大変な別嬪でムーランルージュの女優さんなったんだよね」とか言う。母の妹である。
昔の話に花が満開となった。とうとう中野駅に着いた、商店街の横道で老人と別れて、私の知らない思い出を老人から、又母から聞いた事柄をおもいだしては心とても晴れやかだった。もう一度訪ねたいと思いながら、心だけがそこに立っている。                   終

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