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農家の野菜売り場

我が家の周りは畑で囲まれている。最近どんどん宅地化してきた。
それでもまだまだ畑は季節の収穫を楽しませてくれる。
最近は農家の野菜売り場が増えて100円を入れ物にいれて購入する場所があちこちにある。私はこの道端無人販売所は嫌いである。
というのも売っている当事者から聞いた話であるから事実なのだが、持ち去ってしまうのだそうだ。
20個あるから2000円ではなく、ある時はなんと一円や10円で持って行かれてしまうのだそうだ。私はこれを聞いて無人販売が嫌いになった。
正確に入れても疑われているのは心が痛むから、自動販売機のを利用する。
この販売機は150万円位するそうだ、農家のおじさん曰く、「人件費と思えば安いよ」すかさず隣にいる奥さんは「元が取れる頃は機械の寿命だ」と苦笑いをする。
兎に角、農家も大変だ。安く,美味しく、新鮮さを売って、盗まれないように自己防衛をして

最盛期のきゅうりやなす、トマトはスーパーでは味わえない美味しさを提供してくれる。
買うのもテクニックがあり
「朝の何時頃に行けば何々がある」と心つもりをしておかなければならない。

売るほうも買うほうも、たいへんなものだ!!

では又  2010年10月22日

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おかたずけ

おかたずけ
昔、子供が小さかった頃に散らかしっぱなしのおもちゃを、怒りながらしまう、私を想像していたら、何だか自分の身の回りもソロソロ「おかたずけ」の時期に来た気がする。

なんでもそうだと思うけど思い出のものって心のお土産みたいなもので、そのまま置いておいても何の役にもならない。使うあてがないのだ。
そのうち、そのうち と思いながら隅っこに追いやられて邪魔なもののように鎮座している。その点では心の思い出とは便利なもので楽しい事ははっきりと自分の都合のよいように覚えていて、都合の悪い事はいい加減にぼかしてくれる。
私だけだろうか?
それに心ってある程度は器が無限大にあり、収まりきれないのは脳ミソの都合ではみ出してくれるから、ほんとに都合が良い。

我が物の「かたずけ」はどうしたら良いものか、と紐のとけかかった脳と行動でいつ始まるともしれない、いつまでも不用物が並んでいる。
何時か、何時か お呼びがあるものがこの中にあるだろうか、、、。
平成22年10月14日 おばさん、暇ついでに書く

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はござい納豆

こどもの頃のことだから、何時のことやら、、。私の育った粟野町での出来事である
あさになると、近くの町から納豆やさんが
「はござい」!!と大きな声で納豆売りのおじさんが回ってくる。私は驚きの納豆好きでおやつはもとより、弁当のおかずにまで持って行くのだ。
「はござい納豆」は今でもその味に巡り合えることのできない美味で柔らくて匂いのない大粒であった。
私はそのおじさんの声が遠くから聞こえて来ると、いくらかの代金を握りしめて外に出る。
木の皮に三角に包まれた上部分を開いて、辛子をべったり付けてくれる。ベシャッとしたその感覚と光景は思い出しても懐かしい懐かしい思い出である。

そして又自転車に乗って「おはようございます、納豆やです」との意味を込めて「はござい納豆」と聞こえてくる声を出すのだ。

その後、私は町を出た、何年かしてからその納豆やさんは何時の間にか来なくなったとのこと。
あの納豆やさんがいたら、今では我が家は大のお得意さんだろうと、微笑みながらこのブログのキーを打っている  2010年10月6日 おばさん記

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漢字って不思議?

漢字って不思議に思うことがある。
ほんとに不思議、簡単な字で「配る」って書いて、エッこれで良かったっけと思う。
変換してこの字しか出てこないから、確かに良いんだと思って連れ合いに聞くと「そうだ」という。
よく見るとますますおかしく見える。何だか変だ。
それから少し時間をおいてから又考えると、何てことない この字に何の違和感がない。
何だか変な話だ ( ゚д゚)ポカーン

そんな経験ありませんかね?
私はあるんですよ、一年に一度位はね、、、。
2010年10月5日 おばさん記

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